書店より(文学風味)

 どうぞ、と言われて差し出される紙。つるつるとした表面が書店からもれ出る光を受けて私の目を細めさせる。その手が私に向いていると云う事は私に差し出されているのだろう。声は二十代前半頃の女性のもの。押しの弱い私は弱々しい笑みをしてその紙を受け取った。何かは分からない。けど貰っておいても別に損は無いだろう。
 そう言えば昨夜もポケットティッシュを貰った気がする。受け取るとイオの光ファイバーの加入を勧められたが「もう持ってます」と嘯いいた記憶が既視感に似た感じに蘇ったのだ。ああ、嘘吐いてごめんなさい。
 では、こちらの記入も宜しいですか? と言われた。なに? と私は彼女の顔を窺う。顔は整っているとは言い難いが笑顔が型に嵌まった女性だ。彼女の手には文庫本程度の大きさの紙があり、指の置くにはボールペンもある。
 今記入されボックスに入れられると商品券が当たるチャンスです、と高い声で急かされた。私はしばし思案(唸っているような顔をしながら)し、まあいいかと彼女の手から二つを受け取って書き込む事にした。別に時間が無い訳でもないし、五分や十分、こう言うのに興じるのもまた面白いと思いながら。
 ど、どうしたんですか? 彼女は片手を口に当てて驚く。書き込む私の手を見てだろう。私の右手小指の付け根、そこには痛々しい傷が未だジュクジュクと赤と白が混ざり合った彩色が施されている。まあ一言で言うなら怪我をしただけだが。私はそこで考え込む。さて、どう言おうかと。この傷は朝早く仕事に行く時に出来た傷だ。しかしその内容を言うには少々込み入った、と言うか言い難い事情があるのだ。




幾らなんでも、車に轢かれたっていうのはなあ。





 私は手を見る。傷的には皮一枚がぺろりと剥がれた感じ。しかしこれだけの怪我で衝突しましたと言ったら奇異の目で見られるのは間違いないし、私の特殊能力(車に轢かれやすい)を知らない人間には信じてもらえないだろう。やむなく私はブロックで削りましたと言った。これの方が信憑性が高いし、まあそれも本当だし。……詳しく言えばアスファルトだけど。
 ああ、そうなんですかー私も怪我したんですよー。そう言って彼女はスカートを捲り上げる。彼女の膝には可愛らしい絆創膏が貼ってあり、肌色主体に少し赤色が混じっているのが見えた。心の中だけでご馳走様、と言ったのは秘密だ。
 ○○さんって言うんですかー。そうですよと受け応えて、その後も書き込む。年齢や住所、電話番号。etcetc……。
 え、って言う事は大学生ですか、それとも受験終わった頃ですか? 私は怪訝な顔で、違うと言いかけ、何でそう思ったのかと考える。大学生に良く見間違われたりするがしかし彼女のはけっていて着すぎるし、そもそも受験が終わった人間が書店に行くと言うのもなんとなく根拠が欠けている気がする。そこでふと、ああ、と胸中で頷いた。年齢が18と記入されたので、そう思ったのだろう。私はそこで、違います、と言った。
 え? だって年齢……。予想は的中していた。その言葉に私はすぐさま反応し、









「留年しちゃったんですよ、あはは」








 数秒間の、沈黙が流れた。
 彼女は呆気に取られ、え、と言ったポカンとした口のままで止まる。まだまだ修行が足りないな、と客観的に算出した。
 あ、そうですか……えと、あの……。彼女は言い繕おうとするがしかし纏まりは見せない。私は書き終えた紙を彼女に押し付け、まだ混乱する彼女にでは、と言って書店へと入った。暖気が私を包み、ちらりと振り返ると、彼女はまだ固まったままだった。私はそれに構わず、奥へと入った。


……さて、この書店を出る時はどうしようかと思い、私は本を探し出した。