ふぅ

――ぱん、ぱんっぱんっ、
近くで銃声。それを避ける為か、一つの“影”は森林へと紛れ込む。まるでその音は爆竹の様に陳腐だった。でも、その音は間違いなく殺傷能力を抱いている。それだけで“影”は避ける理由になった。泥だらけの酷く暑さが篭もった場所。だが、死ぬ位ならどうって事はない。逃げて逃げて逃げて逃げてやる!! ”影”は粗くつく息を抑えず走る。どうせ相手はこちらの居場所など現在進行形で分かっているだろう。それなら息を潜める事よりも離脱が、体裁よりも生存が必要。“影”はその白い服が茶色に染まる事、それさえも考えれなかった。
「何処だっ何処に行ったぁ!」
「あっちだ、そのまま南東っ。こっちから反対方向に逃げている」
「回り込もうとするなっ! どうせ殺られる。全員こっちから進めっ。所詮ガキだ、体力なんてとうに尽きるっ!」
「はっはぁっ! それも初物でやわい肉みたいですぜぇっ! 洗い息遣いが最っ高に勃起もんだぁ!」
「はんっ、犯したかったらヤらしてやるけど最初に捕まえろよぉ! おい、(移動師)チューダー、先行隊が遅れてどうするっ!」
「んな事言ってもよぉ、ここ泥だらけで行く気になれねえって。女は良いからあんたらが行ってくれよぉ。俺性欲(エロス)抜いてしまったしな」
「は、この不能者(インポ)がっ。……まあいい。ほれ行け図解識者(グラシー)前は生体器官の識別能力の発達のせいで性欲なんてたまらねえだろっ。先にヤって来い、必要なのは頭だけだ、ヤリ終わったら肉体なんて解体人食(ボラス)に喰わせてやれや。あいつらご無沙汰だしなあ!ひゃっひゃっひゃ!」
 『……五月蝿い』
 “影”は憤る。しかしそれのおかげで大体の構成は分かった。まずリーダーの万能力者(ブラスリー)、そして捕まえる気のない、高速移動を得意とする移動師(チューダー)、肉体能力の衰えをカバーする為の先知や把握を得意とする図解識者(グラシー)、そして肉体面の増強の変わりにある一定毎に同種族を喰らう解体人食(ボラス)。後はいない様だった。もしここに高異術式を扱える外法孔子(モラン)がいたら話は違ったが、まだこれなら大丈夫かもしれない。今手元には専用である双権壊嗣(コントラスト)や独奏厳此(フロート)がない。逃げる為の強さを内蔵されていない自分では、いつまでも逃げる事が出来ない……。
 自分の幼き体躯を呪う。もしもう少し能力が肥大しているのならば、技術練磨が洗練されているのならば話は違ってくるのに……。強さの可能性を内包していても、芽の時は弱い。それがつくづく分かる。
 呼吸調整と内外整理。肝臓、腸、脾臓、腎臓を出来得る限り下に置き、肺を肥大させる。酸素転換し、視界拡大、筋肉増強、麻薬分泌。
 自分にある彼らみたいな能力は第五入力を強化し、それを応用して第二出力を上回らせるだけ。それでもこうやって直属騎士に成れたのは弛まぬ努力と先天性である勘を環境により研ぎ澄ませたからに他ならない。手短な近くの枝を取り、解体力石で分解、構築。炭素を出来得る限り規列配列に並べ、蕩けそうな脳で、それのプログラムを開始した。僅かな光が生まれ、手で覆える位の短剣が生まれた。それを後三つ作る。それ以上行為に及んだら体力が先に無くなってしまうと諦めた。服の中に石を仕舞う。そして後ろから追ってくる二つの影。でかい影に一つの影が肩口に止まり、その眼を炯炯と光らせながら下卑た声で嗤い、デカブツを叱咤する。迷わず一番にデカブツに二つ投げつけた。その二つの殺意は林の中、間違いなく右目と口内へと容赦なく割り込む。思わず身体を抱き締めてしまいそうな気持ち悪い声が森に響いた。
「――!! ボラスっ! グラシー、無事か!?」
「ああ、でもボラスはダメだ、死んだっ!」
「くそっ、あの小娘、思ったよりやりやがる!」
「先にやってやる!」
「――!! グラシー手を出すな!」
 その言葉を聞かずに小柄な男はこちらへと向かってくる。その眼を憤怒に燃やして、短刀をこちらへと刺し込むっ!
 しかしそれぐらい、格闘術で長けた自分にとって遅いと思わせることしか出来ず、お粗末と嗤ってしまいそうなほど未熟。片手で捌き、その短刀を握って自らの主人にへと突き差すっ!! 耳骨を壊しながら灰色であろう脳細胞をぐちゅぐちゅとかき回した。あっけなく絶命する。泡を吹きながら死ぬのに、コイツも死ぬんだと足蹴にした。
「馬鹿野郎っ! 戦闘主体でもないのに粋がりやがって……。死んで当たり前だ糞野郎、チューダー! もう面倒臭がってられんぞ!」
「……やれやれ」
 さっき拝借した短刀との二つを握り、二人と対峙する。二人一緒に……難しい問題だった。
「チューダー撹乱してろっ。ダブルシックネスB展開!」
「……お嬢ちゃん、とりあえず、死ね」
 彼はそう言い、加速しだす。加速、なのだ! 走り出す訳でも、飛ぶ訳でもない。ただこちらへと人間の出せぬ速度で迫りくるっ!
 足元の石で牽制するが、礼拝武装でもないそんなもの、相手に喰らうわけがない。易々とその見えない壁に砕かれた。その速さは疾駆であり、双剣で相対すら出来ない。やはり戦闘仕様との差は余りにも大きい!
 本来ボラスは攻城戦等での尖兵であり、使い捨ての駒だ。使いようによっては相手の壁を破壊できるが、そもそもこれは人間の知性を捨てた肉の塊。そんな強い訳がない。
 グラシーなど相手の陣を察知するヤツであり、ただのレ−ダー扱い。強さは普通の人間にすら劣る。そもそも強さが違うっ!
 こちらも強いものではあるがそれは礼拝礼装のものを崇拝神器にまで昇華したものを使う時のみだ。剣の扱いは上手いとは言えない。崇拝神器には意思が宿る。その殺す為だけに特化したものに任せたほうが戦いでは有利だからだ。今の自分には何が出来るだろう、思考を巡らす、だが無駄だった。
 ――ドゴォッ!
「ぎぃ、え……ぁあっ」
 殴られた。急に迫ってのショートフック。その痛みにめまいがする。足が動かない。運動? 無理ならこの後は? 決まっている。
 ――グシャッ!!
 ハンマーの痛みが頭を通した。呆気なく動かなくなる。指単位で麻痺した。もしかしたら毒か神気注入で動けなくしたのかもしれない。
「ふん、つまらんっ」
「ようし……なんだ、せっかくこちら側でも用意していたのだがな。拍子抜けだったな」
「まあな。直属騎士にしては弱い。神器装備なら完全にこちらが負けていただろうがな」
「だが、勝った。勝ち鬨を上げるなど、それで十分だ」
「まあな。さて、どうする? 犯すか?」
「面倒くせえ、こんなガキなど相手せずとも酒場にいきゃあ仰山なムチムチな美女が待っているさ」
「違いない」
「さて、殺すか」
 ――シャラン
 音とともに死が抜き取られた。その殺意でこちらを殺すつもりだ。動きたくても動けない。これまでかな、と思った。
 どうせこれまで空虚だったのだ。別にいいや。今まで迫害されて、嘲笑されて罵倒されて、それだけの人生だったのだ。別に、良い。
 もう、死んでもいいや。
「っと、いかねえのが人生なんだよなあ」
『え?』
――ヒュゴォッ!!
 何者かが迫り来る。それは風。風と同じ様に疾風で――今のチューダーとは比べ物にならないほど――こちらへと近づく気配。何者かは分からない。
「何者だ!?」
「言うか、ばぁーか」
――瞬ッ!
 それだけで終わった。気配が消える。風が巻き起こる、血が突き、死の叫びすらもないまま命が潰えた。死んだ。
「……さて、コイツは持ち帰るか」
 何者か、それすらも分からず、
 意識を失った。世界は、相変わらず分からないままだった。